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横浜地方裁判所 平成元年(ヨ)163号 決定 1989年5月09日

債権者

林俊徳

右代理人弁護士

宇野峰雪

鵜飼良昭

野村和造

福田護

岡部玲子

債務者

右代表者法務大臣

高辻正己

右指定代理人

堀内明

中島和美

宮路正子

安藤明

高橋一雄

大西豊

大内隆

山田喜隆

石渡正次郎

福田忠雄

後藤登

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

第一当事者の申立て

一  債権者

債務者は債権者に対し金六三万四三八〇円を仮に支払え。

二  債務者

主文同旨

第二当裁判所の判断

一  被保全権利の存否

1  一件記録によれば、次の事実を一応認めることができる。

債権者は、昭和五六年八月三日、債務者に雇用され、当初、横須賀米海軍基地施設本部(PWC)の技術部電気課にエンジニアリング専門職(電気)として配属され、次いで、昭和五八年三月一日、同基地艦船修理廠(SRF)の企画見積部生産専門職に転任し、そこに在籍しながら、X―五一、X―九九の各工場で研修を受けた後、設計部ウォーターフロント課に勤務していたが、昭和六一年一月一四日、債務者の代理者である神奈川県横須賀渉外労務管理事務所長から、債権者が基本労務契約(MLO)第二章1K(1)不適格、同第一〇章3d不適格従業員に該当するとして、解雇された(以下「本件解雇」という。)。

2  債務者は、債権者が右基本労務契約の不適格解雇事由に該当すると主張し、一件記録によれば、債権者が大学理工学部電気工学科を卒業し、エンジニアリング専門職(電気)でありながら相応の理解力に欠けるところがなくもなく、さらには、勤務に対する意欲、責任感等々にも問題のあることが一応認められるが、未だ債権者との雇用関係を終了させるに足りるだけの前記不適格事由が存するものと認めるに足りる疎明がない。

3  以上によれば、本件解雇は所定の解雇事由に該当する事実が存しないものであるからその効力を生じ得ないものというべきである。

よって、本件申請の被保全権利の存在は、これを肯認することができる。

二  保全の必要性の存否

1  一件記録によれば、以下の事実を一応認めることができる。

(一) 債権者は、債務者を相手方として、当裁判所において、昭和六二年一月五日、同六一年一月一五日から本案の第一審判決言渡しに至るまで毎月一〇日限り一か月金二三万三七〇六円の割合による賃金を仮に支払うべき旨の仮処分決定(昭和六一年(ヨ)第五七二号地位保全等仮処分申請事件、以下「第一次仮処分」という。)を、次いで、平成元年一月二七日、金七五万円の年度末手当等を仮に支払うべき旨の仮処分決定(昭和六三年(ヨ)第五五〇号賃金仮払仮処分申請事件、以下「第二次仮処分」という。)を得て、それぞれその仮払いを受けているが、第一次仮処分においては手取り一か月約金二二万一八四九円、第二次仮処分においては手取り金七〇万一一二三円となっている。

(二) 債権者は、第二次仮処分申請においては、昭和六一年三月の年度末手当金から同六三年六月の夏期手当までの合計金二八八万七六七一円の仮払いを求めたが、前記認容の金七五万円を超える部分はいずれも過去分であるとして、その仮払いの必要性がないとして却下されている。

なお、第二次仮処分決定は、債権者は妻と二人だけで生活しており、その一か月の生活費は約金三〇万円を要し、第一次仮処分による仮払い分では月々の生活費を補うに足りず、債権者は債務者から得ていた賃金が唯一の収入であり、特に蓄えもないとしている。

(三) 債権者の妻は、アルバイトをしているものの、その収入は一か月約金四万円であってこれだけでは到底家計を維持できるものではない。

債権者は、四一歳の健康な男子で、大学理工学部電気工学科を卒業しており、英語の読解力、会話力もある程度備えているが、本件解雇後は他に職を求めることもせず、収入を得ることなく、前記の仮払い分により生活している。

(四) 前記のとおり第二次仮処分決定が平成元年一月二七日になされているところ、本件仮処分申請は同年二月二一日になされていて、その間僅か一か月足らずであるが、その間に特に債権者の経済状態が悪化したものと具体的に認めるに足りる疎明がない。

(五) 今日の経済情勢(雇用情勢)からみて、債権者に就労の意思さえあれば、債権者の前記条件から比較的容易に就労することができ、相応の収入を得ることができ、また債権者夫婦二人だけの生活費が一か月金三〇万円であるとすることにも全く疑問がないわけでもない。

2  ところで、賃金仮払仮処分は、労働者に通常の労働者としての一応の生活ができる程度の金額の仮払いを命ずるものであって、それ以上に他の就労中の労働者と同一の生活を保障するものではなく、さらに第一次、第二次仮処分による仮払いを受けている以上これによってもなお通常の労働者としての生活ができない場合でなければさらに第三次の仮処分はその必要性がないものというべきである。

3  以上によれば、債権者としては、第一次、第二次の仮処分を得て仮払いを受けているものであるから、仮にこれだけはその生活費を賄いきれないとしても、その不足分(多くみても一か月金八万円弱である。)は自らの努力により補填すべきであるということができ、前記のとおりこれが比較的容易であるといえる。

よって、本件仮処分申請については保全の必要性を認めるに足りる疎明がないものというべきである。

三  以上の次第で、本件仮処分申請は、保全の必要性を欠くものであり、その性質上保証をもって疎明に代えるのは相当ではないので、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 渡邊昭)

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